小石川後楽園は、水戸黄門こと水戸光圀候の水戸徳川藩上屋敷庭園跡で、東京駅付近で発掘された江戸城外堀の石垣を再利用して塀が作られています。 寛永13年(1636)に3代将軍徳川家光以下の総数112藩によって、江戸城外堀普請は行われました。石垣方を西国大名61藩、掘り方を東国大名51藩が担当しました。 石垣方の組頭は6家 金沢藩前田家、福井藩松平家、熊本藩細川家、岡山藩池田家、福岡藩黒田家、佐賀藩鍋島家岡山藩池田家の組頭以下13家に成羽藩は入っています。 鳥取藩池田家、山崎藩松平家、赤穂藩池田家、松山藩池田家、新宮藩池田家、徳野藩平岡家、林田藩建部家、三田藩九鬼家、周藩中川家、成羽藩山崎家、真庭藩戸川家、新庄藩桑山家、佐伯藩毛利家 現在、石垣方61藩の内、刻印石が見つかっているのは10藩程度なので山崎候の刻印石をもっとPRしてもいいでしょう。